「能と長唄の道成寺」開催の意図
この企画をやろうと決めた理由は、現在の能「道成寺」について、プレイヤー目線と演出家目線、そしてお客様目線で考えた時に、制作されてからの遍歴を捉えてみる必要性を感じたことに始まります。
能「道成寺」は、とにかく技術面が前面に出され、戯曲としての面白さはほぼ無くしてしまいました。
その代わり、緊張感をお楽しみ頂くものになりました。
能「道成寺」には原作があり、それが「鐘巻」です。
筋立てや展開は「道成寺」と似ていますが、道成寺縁起を物語りながら舞う「クセ」と呼ばれる場面があったり、様々に違いがあります。
「鐘巻」のあまりに膨大だった文章を割愛して緊張感でお見せするように改作し、今の「道成寺」にしたわけです。
ですが、演出家としては、緊張感ばかりではお客様にはウケない、ということで、長唄「娘道成寺」(歌舞伎「京鹿子娘道成寺」)を創った時には、道成寺とは全く関係ない文章を入れ、舞を増やし、華やかな演目に変えました。
つまり、能と長唄(歌舞伎)とは、まるで見せ方、聞かせ方が違うわけです。
能がお好きな方からすれば、長唄(歌舞伎)の「娘道成寺」に「?」をつけられることもあるでしょう。
また、長唄や歌舞伎がお好きで能「道成寺」を生でご覧になったことが無い方からすれば、その緊張感にはド肝を抜かれることと思います。
更に長唄「娘道成寺」の華やかさを疑問に思った方が、能のセリフをほぼ引用した「紀州道成寺」を創りました。
そして、その他にも様々に「道成寺物」が創作されました。
戯曲としての能「道成寺」には、ツッコミどころ(演出的な余裕と幅)があるからこそ、時代を経て変化してきました。
能や歌舞伎ではありませんが、演出として「隙」が無い、アンドリューロイドウェバー版の「オペラ座の怪人」はあまりに完璧であるが為に、作風、演出としては「道成寺」の真逆である、、といえると思います。
このような違いを知った上で能をご覧頂くと、能の奥深さを感じられると思います。
3月17日の「五流の愉しみ」
4月3日の「能と長唄の道成寺」
この2つは、私が「道成寺」を再演させて頂くにあたっての課題を解決してくれるものと考えて、私自身が楽しみにしています。
是非皆様にもお出掛け頂きたいと思います。
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「五流の愉しみ」
3月17日㈪15時〜17時
渋谷・セルリアンタワー能楽堂
全指定席 3300円
「能と長唄の道成寺」
4月3日㈭14時〜16時
五反田・池田山舞台
全自由席 5000円
お出掛け頂けます方は、お気軽にホームページからお申し込み下さい。
