想像は現実を超える、、新作能「小栗上野介」
本当ならば――。
歴史に「たら・れば」はない、と言われます。
けれど、人の心には、
「もし、あの時こうだったなら」
「もし、生きて帰ることができたなら」
という思いがあっていい。
人は、夢を持っていい。
叶わなかった夢を思ってもいい。
会えなかった人に、もう一度会いたいと願ってもいい。
歴史の中で果たされなかった人生の続きを、思い描いてもいい。
現実だけを見れば、
採算、効率、集客、費用対効果――
物事はいくらでも数字に置き換えることができます。
もちろん、それらは大切です。
しかし、文化や芸能の価値まで、すべて数字で測れるのでしょうか。
能は、現実だけを描く芸能ではありません。
亡くなった者が現れ、
果たせなかった思いを語り、
生者と死者が時を越えて出会う。
そして最後には、夢か現かも分からぬまま、
その魂を鎮め、未来へ送り出す。
そんな芸能が、六百年以上、日本には残っています。
新作能「小栗上野介」で私が描きたいのも、
歴史の教科書に書かれた「事実」だけではありません。
小栗上野介は、本当は何を夢見ていたのか。
妻に何を託したのか。
もし、もう一度会えたなら――。
もし、未来の日本を見ることができたなら――。
「たら・れば」があっていい。
夢があっていい。
現実ばかりを追い求める今の時代だからこそ、
目には見えないもの、
数字には表せないもの、
人の心の奥底に残るものを大切にしたい。
そんな時代に一石を投じられる芸能が、
私は「能」であってほしいと思っています。
新作能「小栗上野介」。
これは歴史を再現する舞台ではありません。
果たされなかった人生の続きを、六百年の能という芸能の中で、もう一度生きてもらう舞台です。

能はリアリティーを消します。
こんな着物、武士が着るわけないじゃない、、、。
そんな「時代考証」「人物考証」などを考えないのも、能が想像の世界だからこそ活きてくるのです。


