終了 新作能「小栗上野介」無料説明会その2
5月30日、横須賀市田戸台の聖徳寺にて、新作能『小栗上野介』事前説明会を開催致しました。
午前はその1「能とはなにか?」
午後はその2「小栗上野介について」。
多くの皆様にご参加頂き、心より感謝申し上げます。
今回、午後の「その2」は、私にとって初めて本格的にお話しする内容でした。
(5月20日の伝通院でお聞き頂きました方、内容が薄くてすみません バージョンアップしてますので、またいらして下さい)
テーマは、
「小栗上野介について」
です。
しかし、私は小栗の話をしたわけではありません。
日本という国の政治の変遷、そして宗教観の移り変わりからお話ししました。
天皇、貴族、武家。
仏教、神道、儒教、そしてキリスト教。
世界を見れば、異なる価値観を持つ者同士が争い、相手を否定し、歴史そのものを消し去ろうとした例は数多くあります。
しかし日本は、決して理想的だったとは言いませんが、基本的には「共存」を選んできた国です。
新しい価値観が現れても、古い価値観を完全に否定するのではなく、取り込みながら生きてきました。
だからこそ、日本史を見ても、意図的に歴史そのものを抹消しようとした例は決して多くありません。
ところが、小栗上野介について考えるとき、私は一つの疑問を持ちます。
小栗は斬首された。
しかし、それだけだったのでしょうか。
私はそうは思いません。
小栗は危険人物だったから殺されたのではない。
単に命を奪われたのでもない。
小栗上野介という人物そのものを、歴史から抹消しようとした。
私はそう考えています。
その人が生きた証。
その人が成し遂げた仕事。
その人が抱いていた思想。
その存在そのものを歴史の中から消そうとした。
だからこそ、あの斬首には重い意味があるのです。
「横須賀製鉄所」があるじゃないか?
小栗の痕跡、幕府の偉業を消す為に「横須賀造船所」に名を変えました。
もちろん、歴史には様々な見方があります。
私は誰かを悪者にしたいわけではありません。
勝海舟が正しいとか、小栗上野介が正しいとか、そんな単純な話でもありません。
勝も小栗も、それぞれの立場で、
「日本を残す」
ことに命を懸けていたのだと思います。
方法は違った。
考え方も違った。
しかし目指していたものは同じだったのではないでしょうか。
日本を残す。
それは幕末だけの話ではありません。
むしろ今こそ問われていることだと思います。
「もう日本は無い」
そう語る人もいます。
人口減少。
経済の停滞。
国際情勢の不安定化。
そしてAIの急速な発展。
私たちは大きな転換点の中にいます。
だからこそ私は、小栗上野介を顕彰したいのです。
誰が偉かったのか。
誰が正しかったのか。
どの本が正しいのか。
そんなことを争いたいわけではありません。
私が知りたいのは、
なぜ彼らは日本を残そうとしたのか。
そして、
私たちは何を残そうとしているのか。
ということです。
新作能『小栗上野介』は、一人の幕臣を称賛するための作品ではありません。
幕末という激動の時代を生き、日本を守ろうとした人々の祈りや覚悟を、現代に問いかける作品です。
明治維新の頃以上に、人としての危機が訪れているのかもしれない。
そんなことを考えながら、聖徳寺で皆様と語り合った一日でした。
このお話は
横須賀 6月23日㈫14時〜聖徳寺
東京 6月24日㈬15時30分〜伝通院
横浜 6月1日㈪10時〜上大岡
無料ですので、何度でもいらして下さい!

